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「批判的」(クリティカル)ということ

 ブログ「のらくら者の日記」の主人が、ある牧師のブログのインタビューに答えて、日本語で読めるクリスチャンのブログとして「どこかに泉が湧くように」を挙げて下さっています。「良い意味で批判的に読むなら(つまり鵜呑みにしない)」という条件付です。この条件は、私には非常に有り難いことです。

 私がここに書いている信仰や神学の言葉は、とても貧しいものですが、神と隣人を愛して、主に仕えてここで生きるために、日々の生活の中で考えていることです。今の私自身の生活と信仰の立ち位置や人との関わりからのバイアスがあることを否定しません。長い間、ほぼ符丁のような表現と狭い世界の共通感覚で、内と外に向けて信仰を語れる場に生きて来ました。ここでは容易に言葉にならないようなもがきや葛藤もありますが、それを「批判的に」(つまり創造的に)受けとめようとしています。ですから、皆さんにも「批判的に」(つまり鵜呑みにしないで)読んでいただけたならば、私は嬉しく、本当に有り難く思います。

 「批判」ということについて、今年天に召された哲学者の今道友信氏が、大切なことを教えて下さっています。氏は、日本語で「批判的な態度」と言う場合と、欧米で言われる「クリティカルな精神」、「クリティシズムの精神」の違いを語っています。日本語の「批判」の「批」には「打つ」とか「打ち消す」という意味があり、良し悪しの品定めをするというのも「批」の意味だと言われます。「判」は「判定」であるから、「批判」というのは、能力のある人が能力のない者の良し悪しを見定めて判定を下すというのが本来の意味で、世阿弥の「見所(けんじょ)の批判に従え」という言葉を例に、それは悪い意味ではなく、その人たちに判定する資格があるからこそ、批判できるのだと言われます。少々長いのですが、それに続く文章はそのまま引用する価値があります。

 「それに対して、『クリティック(critic)』という言葉は、もともとはギリシャ語の『クリノー』という動詞から生じた語である。ホメロスという古代ギリシャ第一の詩人は、このクリノーを少なくとも二回は使っているが、どちらも『いい物を選び出す』という意味で用いている。それゆえ、そこからできた西洋語の『クリティック』は、『よいところを見つける』という作業なのである。そして十八世紀の哲学者カントも『純粋理性批判』を公刊したとき、序文に『自分の見たところまだ形而上学は学の道を歩んでいないが、物理学と数学は学の道を歩んでいると思うから、これらを批判的に見ることによって形而上学に学の道を歩ませようとした』と記した。つまり、ここでの『批判的に見る』とは、物理学と数学の『よいところを見つけて取り入れる』という意味である。したがって『純粋理性批判』というカントの著書は、『純粋理性』の悪いところを非難しているのではなく、純粋理性の働きのよいところを見いだしていくという意味である。
 欧米での批判(クリティック)の意味は右に(引用者注・本文のまま)述べたような伝統的な意味のままであり、今も変わっていない。だが日本の場合はどうであろうか。たとえば書評の場合、『仲間うちで褒めそやす』ような書評か、『ないものねだり』の書評になることが多いように思われるが、この『ないものねだり』の内容の書評の内容が厳しければ厳しいほど、『この書評は批判的でいい』と言われる。しかし、外国の書評では、この書物にはどのようなよいところがあるか、この書物の新しい点はどういうところかをまず書き、最後に、もしこうだとすれば次のことはどうなるのか、というような質問が提起されている。換言すれば、外国の書評にはこれからの学問的な進歩のために、その書物がいかに貢献するかという評価が書かれており、これが本来の批判である。もちろん評判だけがよくて全く意味のない書物に対しては、厳正にその証拠をあげて、これを本当に非難するということもある。しかし、やはり『批判』と『非難』は違うのであって、両者の区別を明確に理解し、われわれは相手の長所を発見するという批判の見方を、教育全体に正しく取り入れ、大切にしていかなければならない。」(『教えるこころ』—新しい時代の教育への提言)

 「のらくら者の日記」の主人は、真に西欧的な教養と心の作法/ハビットを身につけた方ですから(米国福音派のではありません。西欧の学を安易に「批判」したり、狭い心で東洋の優位を語ったりする人を私は信用しません)、今道友信氏が語っているような意味で「『批判的に』(つまり鵜呑みにしないで)」と言われているとすれば、それは私には栄誉なことです。ただ、本当の「見所」(けんじょ)から観れば、私が書いているようなことは、日本語が意味する「批判」にこそふさわしいものに違いありません。それでも、それが私というひとりの人間の、神様の前での、とりわけ愛することにおける成長であれば幸いです。
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百姓とんちゃん

Author:百姓とんちゃん
牧師生活を経て、北の大地の信仰共同体で農耕生活の見習いをして後、千葉県で四街道惠泉塾を営んでいます。

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