FC2ブログ

8年ぶりの外部奉仕・奥多摩福音の家(畑のことなども)

 15日(土)の新スカルの井戸端会議での奉仕に続いて、都心の教会の翌16日の主日礼拝式の説教と、教会堂から奥多摩福音の家に場を移してのリトリートで、ローマ人への手紙12章から3回の説教をしました。私にとっては、8年ぶりの外部奉仕であり、8年ぶりの奥多摩福音の家でした。

 2011年、62歳で牧師職を辞して、北海道余市町の山間の生活共同体に移り住みました。それまで牧会や説教をしてきた自分を一旦まったく土に埋めるように導かれました。それで終わればそれでよしという思いでした。その思いは今も変わりません。四街道に来てからは家庭集会などでお話しする機会も増えてはいますが、礼拝式で話すことはほとんどありません。丁重なお手紙とともにご奉仕の依頼をいただいて、神様のみこころを求め、最後は牧師に相談しました。主がお呼びなのだと信じて、お引き受けすることに決めました。

 遣わされた教会の兄弟姉妹は、牧師先生や役員のお勧めにより、ローマ人への手紙12章だけではなく、拙書『神の秘められた計画』や、訳書の『イエスの御名で』を読んで、祈りつつ集会に備えて下さいました。全身全霊で御言葉に耳を傾けて下さいました。試練の道を歩まされながら、主が活きて働いておられる教会でした。キリストのからだである教会がいとおしく思われました。私のご奉仕が主の教会と聖徒たちの必要に間に合うものであったかは心もとない思いです。ただ主に祈り、兄弟姉妹の主にある愛に感謝しています。

 奥多摩福音の家は、前任教会で毎年春のキャンプをしていた場所です。牧師時代は、そこで行われる行事も多くあり、私には慣れ親しんだキャンプ場です。建物がすばらしく新しくなった場所もありましたが(そこに泊めていただきました)、全体のたたずまいはかつてのままでした。日本福音キリスト教会連合(JECA)南関東地区の若者の集会も行われていて、他教団から招かれた講師の先生を含めて、思いがけない先生方と再会させていただきました。今も仲間のように受け入れていただき嬉しかったです。

 四街道に帰って畑に行きました。このところいい具合に適度の雨と晴れの天候が交互にあるので助かります。畑の全面に何かしらの野菜を植えているので、雑草もそれほど気になりません。奉仕に出る前に植えた、ニンジン、ほうれん草、春菊は芽を出していました。新しく迎えようとしている若者の喜びにと彼とともに植えた、6本のスティックセニュール(茎ブロッコリー)の苗は、順調に成長しています。嬉しいことに、死んだと思ったハヤトウリが生き返っています。励まし続けて良かった! 試しに落花生の大まさり(千葉特産の大粒の品種)を引き抜いてみますと、大きな実がついていました! さっそくゆでて食べましたが、それはそれは甘くて美味しいこと。去年の倍の種を植えましたので、これから本当に楽しみです(まず来年のために種の分を残さなくてはなりませんが)。

 これからまたあちこち、あれこれと慌ただしい日々です。今月締め切りの原稿もありますが、そのために本を読む余裕もありません。何冊かの本が奥多摩へのバッグを重くしましたが、当然のことながら1度も開きませんでした。いつものことです。今のところは生涯現役という感じです。「ゴトウの勢い」と自分を笑っています。



  

 
スポンサーサイト

【講話抄】自分に死ぬこと・愛すること

 私は今、ひたすら愛を語りたい。しかし、愛を語ることは難しいことです。愛を生きること、愛を実践することはさらに難しいことです。自分に愛がないからです。そういう意味では、愛という言葉を容易く使いたくないという思いもあります。

 レオン・モリスという福音主義の聖書学者がおりました。オーストラリアの人で、実に手堅い新約学者でした。モリスに『愛—聖書における愛の研究』という日本語に訳された本があります。彼がその本の「まえがき」に書いていました。愛についての本を書こうとして気づいたのだが、聖書学者が愛について書いた本が思いのほか少ない、と。旧約聖書も新約聖書も、結局は愛についての教えですね。神様への愛と隣人への愛——聖書は愛を語る書です。 それなのに、聖書学者たちは、あまり愛についての本を書いていない。書けない。書きたくない。どうしてでしょうか。

 私はこう考えます。教会や人間の関わりにおいて、愛が問題になるのは、そこにどうしても愛せない人がいるからです。愛について考えれば、結局は私にとって愛しにくい人を愛せるか、赦せない人を赦せるか、ということに行き着きます。さらに突き詰めれば、相手を大事にするために自分の身を危険にさらせるか、誰かのために自分の命を捨てられるかということまで行きます。3・11の大地震と大津波の時は、そんな考えるいとまもなく、誰かを助けるために波に呑まれて行った方々が多くおられました。また聖書には「たとえ私が持っている物のすべてを分け与えても、たとえ私のからだを引き渡して誇ることになっても、愛がなければ、何の役にも立ちません」という言葉もあります。愛は実際にはいつも「愛する」という動詞で、頭で考えても意味はないところがあります。独り書斎で勉強して論文を書くだけでは済まないのです。

 普段の生活でも、愛することは面倒です。犠牲を伴います。愛するよりもあれこれ議論する方が楽です。自分を義として相手を非難する方が気持ちがいいです。牧師も愛するよりも支配する方がいいので、牧会に権威主義的なあり方を求めます。私たちは、誰もが愛に生かされ、愛に渇いています。しかし、実際生活では「愛する」ことは、向き合いにくい、向き合いたくない現実です。

 私自身、牧会経験を重ねるほどに、説教壇から真っ直ぐに愛を語ることに臆病になりました。聖書を語って愛を語らない、そんなことはあり得ません。しかし、「愛の章」と呼ばれるⅠコリント13章など、クリスチャンになったばかりの頃は、感激して真っ赤に線を引いたものですが、今はほろ苦い思いで御言葉を噛みしめます。今回のように普段は交わりのない方々の前ではなく、自分が牧会する身近な聴衆の前で愛を語るとき、どこか口に苦さが残るのです。聴衆の中に家内がいるといないとでも慎みの度合いが違います。今回は可成り慎み深く語っています。

 教会にはしばしばもつれた人間の関係があります。牧師自身が、そのもつれた糸に心を絡まれて、問題の当事者になることも少なくありません。そこにいる人、今はそこにいない人に、説教者自身に愛の負債があります。そういう現実の中で愛を語ることは心に重いことです。誰かを愛せなかった、今も愛せない自分に向き合わなければならないからです。愛についてはお説教はできません。私には自分を捨てて教会員を愛することへの確かな心の手応えがありませんでした。どこかに「先生、あなたはどうなんですか」という視線を感じます。どこかで「そのあなたはどうなんですか」と皮肉な視線を投げかけている自分がいます。しかし、実際生活で愛するという課題は、そういう揺れ動く自意識や好き嫌いの感情とは何の関係もなく差し出されます。

 四街道惠泉塾は、住宅地にある普通の一軒家です。こちらに来て2年半ほどの期間、何人かの塾生たちと共同生活をして来ました。それぞれ脱走したり、独り立ちしたりで、ここしばらくは定期の客人を除いて、夫婦2人きりの生活をして来ました。今度40代の統合失調症の兄弟を迎えました。そこにもう一人、17歳の学校に行けないで、通信教育で学んでいる高校生を迎える予定です。まずは短期間の体験入塾をしてもらっています。普通に考えれば、この年齢で「そんなの無理です」と言いたいところです。実際、「無理だろうなぁ」と思っています。しかし、愛する助けを必要とする人が私ども夫婦に示されました。主にあって愛するか、愛さないか、何かをするかしないか、どちらかしかありません。2人ともよくは知らない人です。好きか嫌いかなどはまったく関係ありません。私ども夫婦には愛はありません。ならば、「神様、私たちには愛がありません。弱く足りない者たちですが、私たちを無にして、私たち通して、あなたの愛を流して下さい」と祈るしかありません。愛を流すことができれば、愛は新しく与えられるはずです。

 愛するためには自分に死ななければなりません。すると私たちはすぐに、自分に死ねるか、死ねないか、自分は愛せるか、愛せないか、と自問自答や語り合いを始めます。そういう場合、ほとんどは「難しいです。今は無理でも、いつかできるように祈っていきましょう」ということになります。それはほぼ意味のない結論です。あるいはそこで「私は自分に死んで愛します」と言っても、「私にはそんなことできません」と言っても、その答えにも意味はありません。誰かを愛するという課題は、人に対する好き嫌いとか、気が合う合わない、あるいはその人を知っているか知らないか、そういうこととは関わりなく、私の助けを必要とする人として神様に差し出され、示されます。私たちは、それに対して、ただ「はい」と従うだけです。その意味で、愛するためには従順を学ばなければなりません。

 この世界には、当事者ではない人間が容易く愛を語れない人間の現実があります。パウロは、慎み深く「自分に関することについては、できる限り、すべての人と平和を保ちなさい」(ローマ12:18)と言いました。「私たちは算数を始めるのに、いきなり微分や積分から始める必要はない」(C.S.ルイス)のです。私たちの愛を必要としている人に小さな挨拶をするとき、私たちは確かに自分に死んでいるのです。私は生活共同体でそのことを学んでいます。

【講 話】「神の国を生きる小さき群れ —世から脱出する共同体— 」(2018年9月15日 新スカルの井戸端会議)

 四街道惠泉塾の後藤敏夫と申します。新スカルの井戸端会議に続けていらしている方々、またきょう初めて新しくおいで下さった方々に感謝します。この集会での私の講話は、前々回から聖書を中心にした5回のシリーズに入っています。シリーズのタイトルをプリントしてお配りしています。
 
 5回を通して、創世記からヨハネの黙示録まで、聖書全体を貫く神様の救いの物語をお話ししています。きょうは第3回目で、「神の国を生きる小さき群れ」—世から脱出する共同体—というタイトルです。いつもながら、話す前から眠気を誘う堅いタイトルです。井戸端会議というのは、ご婦人たちが水汲みや洗濯なんかしながら、「うちの亭主が」「息子が、娘が」とか、「あそこの誰それが」「あのね、氷川きよしがね」とか話すものですよね。生活の場での具体的な身近な話です。私の場合、講話者が冗談ひとつ言えない堅物ですので、情けないことに井戸端で観念的な話をする体たらくです。どうか観念してお付き合い下さい。
 
 一言で言えば、きょうは、イエス・キリストというお方についてお話ししたいのです。すなわち聖書が語る福音、救いの良い知らせとは何か、ということです。これは、今私が最もお伝えしたい、あるいはクリスチャンの皆さんとも確かめ合いたいことです。それほどに、今教会で語られている福音、クリスチャンの生き方や価値観が、2000年前にイエス様が語り、生き、死に、復活された、神の国の福音とはどこか違ってしまっているように、私には思えます。

 新約聖書の初めに4つの福音書と呼ばれる書物があります。マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネという名前がつけられています。そこにイエス・キリストのご生涯が4つの角度から描かれています。福音というのは「良い知らせ」という意味です。ギリシャ語では「エウアンゲリオン」、英語で言えば「グッドニューズ」です。イエス・キリストのご生涯、イエス・キリストご自身が福音、救いの良い知らせです。

 福音書を読んでいて、とても不思議なことがあります。まず、イエス様の顔かたちとか、背丈や体格とか、そういう外見に関わることは一切書かれていません。福音書は目撃証言に基づいて書かれています。普通、偉人の伝記なら書いてありますよね? もし書いてあれば、その後の教会イケメンの標準、基準になったでしょう。あえて書かないという感じがします。ただ愛を教え、多くの力ある業を行いながら、鞭打たれ、罵られ、あざ笑われて、十字架にはりつけにされ、復活なさったお方の姿がはっきりと示されています。福音書は、福音(救いの良い知らせ)を伝えるということを目的として書かれた書物です。

 もうひとつ不思議なこと。福音書に書かれてあるのは、ほぼイエス様が公の宣教活動に入ってからのこと、すなわち30歳から33歳までの3年間のことです。それも最後の1週間、エルサレムの都に入場し、捕えられ、裁判にかけられ、十字架にはりつけにされ、復活したことに実に多くの部分を割いています。生まれてからの30年間について福音書はほぼ沈黙しています。ルカなどは——クリスマスの記事などを読みますと——福音書を書くために、母マリアから直接話を聞いた可能性が大きいと思われます。きっとイエス様のナザレでの生活について、興味深いエピソードを沢山聞いたはずです。今なら出版社やマスコミが飛びつきそうな「マリアの子育て」とか、「誰も知らないナザレの家でのイエス様」とか。福音書はそういう類いの好奇心を刺激するような話をすべて切り捨てています。「これは私だけが直接マリアから聞いたんですけどね」といった思わせぶりな書き方もしません。福音書は、ただひたすら神様からの福音(救いの良い知らせ)を伝えている書物です。
 
 それでは、イエス様が宣べ伝えられた福音について考えてみましょう。イエス様は30歳のときに故郷ナザレを出て、公の生涯を始められます。その宣教の第一声はこうでした。

 「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を(福音において)信じなさい。」(マルコ1:15)

 復活後のイエス様の宣教について、聖書はこう語っています。

 「イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、40日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。」(使徒1:3)
 
 因みに、使徒言行録の終わり(28章)に、パウロの宣教についての最後の記述がありますが、そこにはこうあります。

 「パウロは、朝から晩まで説明を続けた。神の国について力強く証しし、モーセの律法や預言者の書を引用して、イエスについて説得しようとしたのである。」(使徒28:28)

 ここから分かることはこうです。イエス様の地上での宣教は最初から最後まで神の国についてであった。すなわち、イエス様が宣べ伝えた福音とは神の国のことでした。そして、パウロも最後まで神の国について語りました。パウロにとって、神の国について語ることは、イエスについて語ることでした。

 それでは神の国とは何でしょうか。マタイによる福音書では、神の国は、「御国」とか「天の御国」(天国)とも言われています。

 まず第1に大切なのは、「神の国」は、私たちが死後に行く国、いわゆる天国のことではない、ということです。イエス様が教えられた主の祈りに、「御国が来ますように」という祈りがあります。「天国に行けますように」という祈りではないですね。今ここに、この世界に「御国(神の国)が来ますように」という祈りです。イエス様は言われました。「わたしが神の指によって悪霊どもを追い出しているのであれば、神の国はすでにあなたがたのところに来ているのだ。」(ルカ11:20)——神の国は、イエス・キリストにおいて、今もうすでにこの地上に来ている現実です。

 第2に大切なのは、神の国は、キリストにおいて、今すでにここにある現実ですが、ここがそうだとか、あそこがそうだとか、どこか特定の場所を差して言えるものではないということです。イエス様は言われました。「神の国は、見える形では来ない。『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。神の国はあなたがたの間にあるのだ」(ルカ17:20,21)。「あなたがたの間」(新改訳「あなたがたのただ中」)というのは、神の国は人間の交わりの間に働いているということです。福音派ではよく神の国は私たちの心の中にあるという言い方を聞きます。もちろん、神の国に与るためには、悔い改めの心が必要です。しかし、私たちの悔い改めが神の国を造り出すのではありません。神の国が私たちに悔い改めを生み出します。神の国は人間の悔い改めに先立つ神様からの救いの恵みです。神の国は、私たちの罪を赦し、癒し、解放しながら、愛による平和(シャローム)を造り出すために、私たちの間に力をもって働いています。神の国は恵みの命です。命は神秘です。命は言葉で定義できません。神の国も「神の国とは〜です」と言葉で定義できません。ですから、イエス様はいろんなたとえ話を用いて「神の国(天の御国)は、〜のようなものです」と言われました。パウロが「神の国は言葉ではなく力にある」(Ⅰコリント4:20)と語っているのも同じ意味でしょう。木の枝が揺れている。太い枝が折れる、幹が倒れる。そこに目に見えない風の力を見るのです。

 そこで第3に、神の国は人間が造るものではありません。神の国は、人間を救う神の愛の働きです。福音です。神の愛も福音も人間が造るものではありません。しかし、神の国の恵みに与り、神の国に入れられた人は、神の国が力をもって働いているしるしを、目に見えるように表して生きます。その意味では、私たちは、この地上に神の国をつくる協力者として召されています。

 まとめます。神の国は、国土や場所のことではありません。それは、イエス・キリストを王とする、聖霊の力による、天のお父様の恵みのご支配です。神の国の目的は、神様の創造目的の回復にあります。すなわち、勝利者イエスにあって人間の罪を赦し、罪と悪魔(サタン)の支配によって傷つき呻き、滅びの束縛の中にある人間の交わりと被造世界全体を、初めに神様が世界を創造された目的に回復することが神の国の目的です。しかも、創世記に書かれてある最初の創造よりも、もっと素晴らしいかたちで刷新されます。その神の恵みの御国は、イエス・キリストにおいて、今すでにここに来ています。しかし、いまだ完成していません。やがてイエス・キリストがもう一度おいでなるとき(再臨のとき)、神の国は、新天新地において完成します。教会は、神様に背を向けて滅びに向かっているこの世の現実の中で、イエス・キリストの勝利と聖霊の力によって、新天新地に向かって「すでに」来ている神の国を生きように召されている新しい神の民です。
 
 このシリーズの第1回の話で、神様が造られたもののうちで、人間だけが「神のかたち」に造られているというお話をしました。その「神のかたち」という観点から、神の国において、人間がどのように最初の創造目的に回復されるのかを見ましょう。【図示】

 それでは次に、神の国の福音(神様の創造目的の回復)ということを、イエス様ご自身の言葉と業から、もう少し具体的にお話しします。

 福音書に描かれているイエス様は、憎しみや敵意で人と人とを隔てる壁を破って平和を造る愛の人です。そのひとつのしるしは、イエス様が当時の社会で罪人と呼ばれた人々と一緒に食事をしたということです。それは神の国のとても大切なしるしです。

 福音書を読みますと、当時の宗教的指導者や厳格な生き方をしていた人々が、「このイエスという男は、罪人たちを受け入れて、食事まで一緒にしている」とつぶやく場面がそちこちにあります。ある時にはイエス様は「大酒飲みの大飯ぐらい」という悪口まで浴びせられています。

 そこでイエス様が一緒に食事をした「罪人たち」と呼ばれているのはどういう人たちだったのでしょうか。すべての人は神の前に罪人ですが、どの時代や社会においても、「あの罪人たちは」と指差されるのは、すべての人ではありません。

 イエス様の時代、「罪人」という言葉は、イスラエル社会では2種類の人々を指して使われました。1つは不道徳な生活を送る者や犯罪者。たとえば、姦淫をする者、売春婦、殺人犯、強盗、詐欺師は明らかな罪人です。それとは別に社会から卑賤視される職業についていた人々も「罪人」と呼ばれました。血を扱う皮なめし業者とか、ろば引きとか、イエス様の時代には雇われ羊飼いなども、そういう社会の底辺にいた人々でした。すなわち、福音書で「罪人」と呼ばれるのは、はっきりと社会的に特定できる階層や集団に属する人々です。彼らや彼女たちは、イスラエル社会の一員としては認められません。すなわち神の民の中には数えられません。「罪人」が救われるなんてとんでもないことです。彼らや彼女たちは、決して神の国は入れません。ユダヤ人以外の異邦人が「罪人」なのは言うまでもないことです。キリストのお生まれが、最初に雇われ羊飼いに告げられたこと、やがてペテロが川向こうに住むような皮なめしのシモンを訪ねて食事をしたこと、イエス様がたびたび異邦人の地を訪れて宣教し、選民ユダヤ人に見られない信仰を示す異邦人に驚かれたことは、神の国の福音において大きな意味を持ちます。

 それではイエス様がそういう「罪人」と呼ばれた人々と一緒に食事をなさったことの意味を考えてみましょう。それはただイエス様の心の広さとか、愛の表われというだけでなく、神の国の福音の中心の中心にあることです。

 たかが食事、されど食事、共に食べることが人間にとってどんなに大事かを考えてみましょう。神様が造られたもので、互いに向き合って一緒に食卓を囲むのは、おそらく人間だけです。他の動物も親はわが子に餌を与えます。動物の本能の深さには本当に感動します。しかし、「サラダ、もう少しいかがですか」とか「それ取って下さる」とか「このドレッシングをかけると美味しいですよ」とか、言葉をかけ合いながら、互いに分かち合って食事をするのは人間だけでしょう。食卓の交わりは神様の愛のかたちです。どの生活共同体も中心は食卓にあります。札幌キリスト召団と惠泉塾では、聖書を学ぶ机と、聖餐を分かち合う机と、愛餐をする机が同じで、聖餐と愛餐は、礼拝式の一部に組み込まれています。それは実際的にも象徴的にもとても大事なことです。

 今、家族の一人ひとりが、それぞれ違う時間に、違う場所で、違うものを食べていることが珍しくありません。豊かな時代だからこそでしょう。しかし、人間としてなんという貧しさでしょう。多くの教会でも愛餐がなくなりつつあります。礼拝が終われば、お昼は好きな人と、好きなところで、好きなものを食べる。それを楽しいお交わりと言う。それは教会として非常に大切なもの、福音の命を喪いつつある貧しさではないでしょうか。

 一緒に食べることは相手を受け入れることです。貧しい人にお金を与えることと、一緒に食べることはまったく違うことですね。愛し合っている者にとっては一緒に食べることは喜びです。しかし、愛し合えない者にとっては、食卓で向き合うことほど苦痛なことはありません。夫婦や家族、生活共同体でもそうですね。民族や人種が互いに憎しみ合い、対立しているところでは、敵である者と共に食卓を囲むことは社会的なタブーです。文字通り殺されます。私たちも、親友が自分の嫌いな相手と嬉しそうに食事をしているのを見たら、心穏やかではないでしょう。自分のことを話しているのではないかと邪推します。私自身が心傷つき、弱ったときの経験です。宗教儀式的には、罪人と共に同じ物を食べれば相手の汚れが移ります。一緒に食卓を囲むことは、相手を祝福し、心に迎えることです。甦ったイエス様がよく弟子たちの食事の場に顕われますね。それは、イエス様が食いしん坊だからではなく、ご自身を裏切った弟子たちを赦し、受け入れるという愛の交わりのしるしです。

 イエス様は、当時の宗教と社会で「あんな連中は絶対に神に赦されない」と言われた「罪人」たちと食事をしました。彼らや彼女たちを神の国に招いたのです。宗教的異端とされていたサマリヤ人や、地獄の火を燃やす薪として造られたと言われた異邦人にも、同じように向き合われました。聖書の教師たちから、誘惑する存在として疎んじられ、「神の言葉を学んでも無駄だ」と見られた女性たちの家に入り、神の国の福音を告げられました。「情欲を抱いて女を見る者はだれでも、心の中で姦淫を犯したのです」というイエス様のお言葉があります。「見なければいいんだ」と目をつぶったのが当時の宗教家の態度です。イエス様は、「神様が造られた女性の人格を見つめなさい」というのです。イエス様の十字架、埋葬、復活、すなわち福音の第一級の証人は、みな女性です。当時、社会的には証人として認められなかった女性たちです。

 イエス様は、正統を自負しながら、人と人とを隔てる当時の宗教家のものの考え方や価値観をひっくり返し、私たちを、異なる者が互いに愛し合う神の国に招き入れます。【図示】

 次に同じ図を使って、イエス様が当時の宗教家たちの「私たちの隣人とか誰か」という考え方をひっくり返したことを考えてみましょう。これはイエス様の隣人愛の教えを理解するために非常に大事です。神の国(天のお父様の憐れみの支配)は、いつもこの世の価値観やものの見方の恵みの力によるどんでん返しです。

 あるとき、律法(聖書)の専門家がイエス様に問いました。「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができますか。」彼は本当に訊きたいわけではありません。イエス様を試す上から目線の問いです。こういう意地悪な質問に関しては、イエス様は相手の土俵では答えません。逆に問い返されます。「律法(聖書)には何と書いてありますか。あなたはそれをどう読んでいますか。」相手は誇りと確信を持って答えますね。分かっていて訊いているわけですから。「『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。また、隣人を自分のように愛しなさい』とあります。」するとイエス様は言われます。「正しい答えです。それを実行しなさい。そうすれば命を得られます。」

 聖書の専門家はムカッとします。「その言い方は、まるで私が隣人愛を実行してないみたいじゃないですか。だったら、私が隣人愛ができてないとあなたが言う、その隣人とは誰のことなんですか。」—— 自分を正当化しようとして言った、と聖書にあります。

 ここで聖書の専門家がムカついたのは、模範解答は言えるが、実行はしてないという痛いところをつかれたからではありません。彼は常日頃心がけて隣人愛を実行しているつもりなんです。自分でしていると自負していることで「それを実行しなさい」と言われたらどうですか。頭に来て自分を正当化しない人は、私はまず見たことはありません。私は惠泉塾でヤギ友でした。「後藤さん、ヤギ友などと言っていますが、だったらもっとヤギを愛したらどうですか」と言われたらどうでしょう。「まるで私がヤギを大事にしてないような言い方ですね。では私が大事にしてないヤギとはどのヤギのことですか。ユキですか、メアリーですか。」「いえ、ピョン太です。」「ウッ、いやあいつは別です。気に入りません。」

 問題は私たちにとって隣人とは誰かということです。イエス様の時代の聖書の教師にとって、誰が隣人か、ということは曖昧ではありません。きわめてはっきりしたことです。隣人とはユダヤ同胞です。それ以外の人は隣人ではありません。ユダヤ人であっても、「罪人」と呼ばれるような人々は愛すべき隣人ではありません。心から神様を愛するためには、むしろそういう人たちは愛してはなりません。自分の側から「どこまでの人が隣人か」と考えたら、必ず「ここまで」という一線が引かれますね。これが当時の社会の隣人についての考え方です。

 神の国はその見方をひっくり返します。イエス様はこう言われます。相手が誰であっても、あなたが嫌いな集団の人であったとしても、あなたの助けを必要としている人があなたの隣人です。あなたが愛の行いをもって、その人の隣人になるのです。私たちが助けを必要とする人の隣人になるのであれば、私の側から引かれる一線はどこにもありません。愛は、好きか嫌いかというようなことには関係ありません。天のお父様のみこころを行うことです。

 それが有名な「善きサマリア人のたとえ」のメッセージです。きょうはたとえ話には入りません。ただ神の国についてひとつのことだけを申し上げたいのです。ユダヤ人はサマリア人を憎み軽蔑していました。サマリア人はユダヤ人を憎み軽蔑していました。長い民族の歴史が関わる近親憎悪です。「善きサマリア人のたとえ」を聴いていたのはユダヤ人です。話し手のイエス様も人としてはユダヤ人です。イエス様はユダヤ同胞にこう語りかけました。ユダヤ神殿に仕える宗教家たちは、暴行を受けて半死半生で道端に倒れていたユダヤ人の傍らを通り過ぎた。犠牲を払って彼を助けたのはサマリア人だった。誰が倒れていたユダヤ人の隣人になったかと。

 このたとえ話は、キリスト教会ではよく知られた話です。うるわしい博愛の話として多くの人に好まれます。しかし、どのユダヤ人がそんな話を気持ち良く聞くでしょう。ユダヤ人がサマリア人を助けたのなら、あるいは気持ちよく聞かれたかもしれません。しかし、自分たちが憎み軽蔑するサマリヤ人がユダヤ人を助けた話はどうでしょう。たとえば、9・11後のアメリカの教会で牧師は「善きアラブ人のたとえ」を話しますか。北朝鮮憎しというバッシングの渦の中で、日本の牧師は「善き北朝鮮人のたとえ」を語りますか。それはご近所の井戸端会議でも同じことです。私たちは、いつも自分を正当化するために、軽蔑すべき敵を想定して、憎しみの合唱(ヘイトスピーチ)に声を合わせます。そのような世界で、イエス様は、神の国の平和を造っておられます。身体を張り勇気を持って福音のメッセージを語っておられます。しかし、憎しみの世はそのような愛のお方を十字架につけないではおきません。それが神の国がこの世で向き合っている現実です。

 最後に、イエス様の十字架と復活の意味について、簡潔にお話しします。「イエス様はなぜ十字架につけられたのですか」という問います。それには2つの答えがあります。1つは「私たちの罪の身代わりになって罪を赦すためです」という答えです。これは最も大切な福音のメッセージです。聖書に「木にかけられた者は皆呪われている」(申21:23、ガラテア3:13)とあります。永遠の神の御子が十字架の上で父なる神に呪われました。永遠の神の独り子が十字架の上で父なる神に見捨てられました。誰のためですか。私たちのためです。罪のない神の御子が人間として私たち罪人の身代わりとなって血を流されたのです。キリストを信じる者は、もう決して自分の罪のゆえに呪われることはありません。神に見捨てられることはありません。これは何よりも大切な福音のメッセージです。

 それと同時に「イエス様はなぜ十字架につけられたのですか」という問いには、もうひとつの答えがあります。それは人と人とを隔てる憎しみが支配する世界で、神の国の福音を宣べ伝え、その福音を生き方からだという答えです。マーチン・ルーサー・キングもその福音を生きて殺されました。南米エルサルバドルのオスカー・ロメロ司教は、聖堂で「神の御名によって言う。殺し合いを止めよ」と語って聖餐の杯を持ち上げたとき、自動小銃で撃たれました。
 
 神の御子イエス様は、十字架で人間が生きる大地に人間としての血を流しながら言われました。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」十字架の下にはローマ軍の兵士がいました。ユダヤ人の指導者も群衆もいました。ローマ人は植民地のユダヤ人をバカにしています。ユダヤ人は支配者のローマ人を憎んでいます。互いに憎み、軽蔑しています。しかし、そのとき声を合わせて十字架につけられた神の御子を罵りました。イエス様は祈られます。「父よ、ユダヤ人をお赦しください。ローマ人をお赦しください。日本人を、韓国人を、中国人をお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」——本当に私たちは 自分が何をしているのか知らないのです。私たちはみな神の御子を呪いました。神の御子は私たちの罪のゆえに呪われているのに。

 イエス様は、十字架の上から、そこにいる弟子ヨハネを母マリアに、母マリアを弟子ヨハネに結びつけられます。「そこにあなたの母がいます。そこにあなたの息子がいます」と。イエス様は、十字架の血と御言葉で、この世の血、身分、階級、民族、人種を超えた神の家族を造っておられます。

 十字架は、ただ私たち一人ひとりが罪を赦されて天国に行くための血判が押されたチケットの発行所ではありません。私たちが十字架で罪を赦されたのは、異なる者がキリストにあって互いに愛し合って生きるためです。その意味でキリストの十字架は、聖霊による神の国の革命の始まりです。イエス様は、復活のわたしのからだは新しい神殿だと言われました。復活のキリストは、全世界の民が罪を赦されて、聖霊によって父なる神様を礼拝する真の神殿です。

 神の国について、イエス様は、それはからし種を地に蒔くようなものだと話されました。からし種は微小な種で、家の裏庭などに蒔かれます。それが3、4メートルもの大きさになって、枝を伸ばして空の鳥が巣を作れるようになるというのです。枝を伸ばして空の鳥が巣を作るというのは、旧約聖書では、エジプト、アッシリヤ、バビロンといった大帝国が武力をもって世界を支配するイメージです。ユダヤ人はいつかメシアが来て神の国が実現すれば、自分たちがそのようにこの世の力で世界を支配すると信じて、イエス様にそれを期待しました。しかし、神の国はここでもどんでん返しです。卑近な日常生活の裏庭に蒔かれる目立たない小さな小さな愛の種が世界を支配する。

 先日、あるお母さんが水谷先生に「一生、引きこもりという人生もありですよね」と言われたそうです。心理カウンセラーがそういう言い方をするらしいですね。自分では苦しい現実に関わらないカウンセリングの立場では、最悪の状況を想定して相談相手の心を守り、どうなっても説明をつけられる距離感や予防線が大事でしょうね。しかし、水谷先生は間髪置かずはっきり言われた。「それはありません。あなたの感じ方はおかしい」と。「あなたの息子さんは、そのような人生を送るために神様に造られたのではありません。」それは「あなたがその気なら、私は何でもする覚悟です」ということです。水谷先生のサタンの支配への憤りであり、神への祈りです。 からし種の愛です。私たちはそこに巣を作っています。

 イエス様の時代、世界を圧倒的な軍事力で支配したローマ帝国の皇帝は、主(キュリオス)、神の子、救い主、平和をつくる者と呼ばれました。皇帝の誕生によって暦が作られ、皇帝が生まれた日は福音(エウアンゲリオン)と呼ばれました。ここでも神の王国はどんでん返しです。大帝国ローマもその皇帝も今は存在しません。しかし、からし種の愛の国は今も世界に広がっています。惠泉塾はまことに小さな生活共同体です。私たち自身には、からし種ほどの愛もありません。私たちはひとりでいるときには、自分は比較的優しい人間だと思えます。しかし、いったん人と深く関わるようになると、自分がいかに人を愛せないかが分かります。自分の中に、どんなにヒヤリと冷たいもの、頑固なもの、汚いものがあるかを知らされます。からし種一粒ほどの愛もない者たちです。
 
 しかし、この憎しみと敵意の世で、私たちの人生の裏庭に、神様からいただいた小さな愛の種を蒔き続けます。私たちは神の国を生きる小さき群れです。欲望と憎しみの世から脱出して、神の国が完成する新天新地に向かっている小さな信仰共同体です。札幌キリスト召団や惠泉塾の宣伝をしようとは思いません。自分の幸せを求める生き方ではありません。神様がみこころをもって一人ひとりを置かれている場があります。ただ、私たちは神の国に自分を献げて生きる旅の仲間を求めています。聖霊があなたに静かな声をかけられるならです。最後にイエス様の御言葉をお読みして終わります。

 「小さな群れよ。恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。」(ルカ12:32)






【ご案内】9月15日(土)「新スカルの井戸端会議」で話します

 本当に長くブログの更新を怠り、ご心配をおかけしています。私ども夫婦は元気にしておりますが、身辺が急に慌ただしくなりました。責任ある務めも増える中で——また、その中で様々なことが起きる中で——9月からは沖縄惠泉塾から主にある新しい家族を四街道惠泉塾に迎えました。昨日ときょうと彼を連れて病院に行って来ました。私ども夫婦と新しい仲間との愛し合う生活に、16歳の若者を迎えようとして何度か4人の生活を体験しています。

 心惹かれる生活共同体「ブルーダーホーフ」(兄弟団)について、発行されたばかりの『波止場便り』39号に書きました。創設者のエベルハルト・アーノルト(1882〜1935年)や、アナバプテストの伝統に立つ、この「旅する生活共同体」については、もっともっと知られていいと思います。出版部門の Plough の本ももっと紹介されて欲しいです。近頃はブルームハルト父子の英訳も多く出しています。次回は、クラレンス・ジョーダンの「コイノニア・ファーム」を取り上げる予定です。M.L.キングの公民権運動に先立つこと10年、アメリカ南部最深部のジョージア州アメリカスに創られた、人種差別に抗う農業共同体です。ギリシャ語学者でもあるジョーダンが訳した新約聖書『コットンパッチ・バイブル』は、彼の貴重な遺産です。

 時間がない中で、畑作業をしています。落花生は順調です。サツマイモも順調にできています。キャベツや白菜、ほうれん草に春菊、ニンジン等を植えました。大根や茎ブロッコリーも順調に育っています。秋の収穫が楽しみです。ニンニクは冬を越して来年の収穫です。

 出版社「あめんどう」から、新刊のN.T.ライト『驚くべき希望』(原題:Surprised by Hope)を送っていただきました。病院の待合室などの小さな時間に少しずつ読み始めました。細かいところで「このライトの解釈は」、「ライトの危険性」といった話も、ライトを読んで正しく向き合ってのことであれば大事なことです。しかし、私にとってそれ以上に大事なのは、ライトが歌う希望のうたを聴くこと、すなわち何が、いやどなたが私たちの、そして人類の希望なのかを見つめたたいと願わされることしきりです。つまり、私自身がどなたを希望として信じ、そのお方について語り、その方とともに生きているかということが最も大事な福音的な課題です。

 今週の土曜日、9月15日午前10時から、御茶ノ水クリスチャンセンター(OCCビル)4階でもたれる「新スカルの井戸端会議」で、私も主イエス・キリストへの自分の歌をうたいます。テーマは「神の国を生きる小さき群れ—世から脱出する共同体ー」です。時が迫ってからのご案内ですみませんが、もしお時間がある方はぜひおいで下さい。

朝デボノート:カレブの進言(民数記13:30)

 神の民が約束の地カナンを前にして、パランの荒野にいたとき、主なる神は、12部族から指導者を遣わして約束の地を偵察するようにモーセに命じます。

 「人を遣わして、わたしがイスラエルの人々に与えようとしているカナンの土地を偵察させなさい。」(13:2)

 モーセは主が言われた通りに指導者を偵察に派遣します。偵察から帰った指導者たちは、そこは「乳と蜜が流れる所」(27節)であるが、その土地の住民は強く、町々は大きく城壁に囲まれていると報告し、民に向かっては心を挫く「悪い情報」(32節)を流します。

 そこでただひとりカレブが民を静めながら、モーセに向かってこう進言します(14章ではヨシュアもカレブの側に立っています)。

 「断然上って行くべきです。そこを占領しましょう。必ず勝てます。」(30節)

 カレブは、現実を見据えながら、主の約束に堅く立って語っています。約束の地を見つめてカレブの言葉は澄んでいます。それは無謀な判断ではなく、蛮勇で人を煽る不純に濁った言葉ではありません。カレブの言葉は熱い信仰に貫かれながら、自らに対して非陶酔的です。
 
 ここしばらく、福音派の世界には、権威主義的な指導者に煽られた一種の勝利主義が、時代の風、流行の波として、目立った位置を占めて来ました。そこで傷ついた信徒が強いトラウマを抱えて生きていることも少なくありません。信仰や信仰生活に関して——より根本的には聖書の理解に関して——知恵や知識に基づいた健全な認識が求められています。

 しかし、福音派の病理にメスを入れた健全で賢明な認識や分析を大切にしながらも、私はそこに現在の教会の閉塞状態を打ち破るような命の動き(呻きや戦いを含めたその人自身の信従の生活)を感じたいのです。そうでなければ、人間の分析の言葉は、他の偵察者たちの現実の調査報告と、「健全な」判断にとどまり、それが多数を占めるでしょう。敬虔が荒んだ光景を福音派に残した時代の風、流行の波も、ある種の自分と現状を打ち破る試みであったとすれば、今大切なのは、困難な現実を見据えて、自分自身がカレブの醒めた熱い信仰に生きることだと私は思います。

 
プロフィール

百姓とんちゃん

Author:百姓とんちゃん
牧師生活を経て、北の大地の信仰共同体で農耕生活の見習いをして後、千葉県で四街道惠泉塾を営んでいます。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR