生活の交わりの中で聖書を読む(朝デボノート/ヤコブ書5章)

 四街道惠泉塾の朝のデボーションは、早朝4時30分から始まります。今はあらかじめストーブで部屋を暖め、1杯の目覚めのコーヒーのためにポットにお湯を満たします。

 週日は水谷先生の古い聖書講話のCDを聴きます。今は毎日詩編を1篇ずつ聴いています。今朝は24編でした。2000年前後になされた講話ですが、詩編全篇の録音があるのですから驚きます。詩編のすべてを語ったという牧師はそうはいないのではないでしょうか。

 日曜の朝は5時から新約聖書の書簡を読んで来ました。今週はヤコブの手紙5章でした。私たち夫婦と、一緒に生活するS君と3人で、月に1度はそこに宿泊のお客様を含めて、聖書を輪読して後、それぞれが教えられたことを分かち合い、私が解説を加えます。聖書は教会に宛てられた神の言葉ですから、具体的な生活の交わりの中で、聖霊の導きを求めて互いに耳を傾け合うのが大切だと思いますが、そういう御言葉を中心とした交わりが教会では意外に少ないように思います。釈義や説教、聖書研究、あるいは、問いに答えるグループ聖研というよりも、もう少し社会の現実や生活に即して——しかし、あくまでも書かれてあることに即して——聖書を真にデボーショナルに読んで、分かち合う交わりです。

 ヤコブ書5章の冒頭に金持ちに対する非常に辛辣な警告があります。何の解釈もいりません。このような言葉を現代の牧師は会衆に語れるでしょうか。語るとすれば、可成り水で割らなければならないのではないでしょうか。私はいつか観たオスカル・ロメロ(1917〜1980)の映画を思い出しました。この南米エルサルバドルのカトリック司祭は、内戦のただ中で貧困層の人々の側に立ち、まさにただヤコブのように語ったことによって、ミサの司式の最中に狙撃を受けて殺されたのでした。この時代でも牧師がヤコブのように語れば、狙撃はされなくとも、教会から追い出されるかもしれません。

 牧師時代の「首都圏イースターのつどい」でのことでした。ステージの司会者が、参加者の間に座っている何名かの有名人やお金持ちを見つけて、その人々を立たせて、参加者に拍手を求めたことがありました(ただひとり司会者の言葉をまったく無視して立たなかった人がいましたが)。目の前に起こったことに、わが耳と目を疑いました。そういううわついた感覚がキリスト教界に漂っていないことを願います。

 7節以下に「忍耐」(ヒュポモネー)という言葉が繰り返されます。いつかも書きましたが、語源的には「ヒュポ」は「〜の下に」、「モネー」(メネイン)は「留まる」を意味します。水谷先生は、「忍耐」を「積極的、建設的努力」と言われ、惠泉塾では大切なあり方になっています。自分が置かれたところから「逃げない」ということでもあります。S君は、「農夫は、秋の雨と春の雨が降るまで忍耐しながら、大地の尊い実りを持つのです」という御言葉を、ただ待つのではなく、その間には草引きや土寄せやいろんな作業があると言いました。惠泉塾で農作業を経験していればこそです。それは知識というよりも身体感覚です。私は「互いに不平を言わぬこと」(9節)は、心の草引きだと思いました。

 「忍耐」について、忘れられない本があります。1冊は、ヘンリ・ナウエンの『待ち望むということ』です。この小さな本は今は『わが家への道』(あめんどう)に収められていますが、私たちが神を待ち望むということは、神が私たちを待ち望んでおられることだということを教えられました。もう1冊は、Alan Kreider, The Patient Ferment of the Early Church,The Improbable Rise of Christianity in the Roman Empire(Baker Academic:2016)です。キリスト教がローマ帝国に広まって行ったのは、当時の人々の常識や価値観を越えたクリスチャン愛とその活動によると言われます。それはまったくその通りだと思います。人々はクリスチャンたちの自己犠牲的な愛の行いに感動し、惹きつけられたのです。私は今日のクリスチャンは、初期キリスト教徒に学ばなければならないと思っています。そこで著者のアラン・クライダーは、キリスト教がローマ帝国に広がる歴史を学術的に辿りながら、ただ愛の行いと言うだけでなく、そこでどれほどの「忍耐」が求められたか、新約聖書はどんなに「忍耐」を教えているか、福音の愛は「忍耐」において発酵したことを述べています。このことは私たちの生活に、そのままあてはまることです。

 その日の学びの終わりに、S君は、13節以下に記されている祈りの大切さに触れ、その祈りは、最初に出て来る「富んでいる人たち」をも真理へ連れ戻すだろうと語りました。本当にその通りだと思いました。四街道惠泉塾の共同生活において、私たちは、どんなにか互いの赦しと執り成しを必要としているかを知っています。共に生きるということは、書斎でひとり釈義をするよりも、はるかに困難で、はるかに複雑で、そして聖霊の促す信従ははるかに単純です。
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【新刊】後藤敏夫著 『神の秘められた計画』福音の再考ー途上での省察と証言(いのちのことば社)

 レントに入り三寒四温の時節ですが、皆様、いかがお過ごしですか。久しぶりにブログを更新します。2月からインフルエンザが長引いたり(夫婦で予防接種をしていたのですが)、家内が足を骨折したりして(大したことはありませんが松葉杖生活です)、落ち着かない日々を過ごして来ました。私の体調は回復していますが、家内の骨折の方はまだしばらく難儀しそうです。

 さて、本の出版のことでニュースをお知らせします。拙書『神の秘められた計画:福音の再考ー途上での省察と証言』(いのちのことば社)が、近々出版の予定です。内容は、2013年に惠泉塾の機関誌「波止場便り」に書いた論考、同じ年に惠泉塾の小さなセミナーで話した講演の2篇を第1部、第2部として、第3部には余市豊丘に行く前の、そこでの共同生活のただ中での、そして北の大地での5年の生活を経て四街道に出発する直前の証言を収めました。いずれも、このブログに掲載したものと可成り重複しますが(『終末を生きる神の民』改訂版と重複する部分もあります)、今回本にするに際して、「註」というかたちでちょっぴり学問的なコメントや参考文献、そして「註」にしてはずいぶん個人的なツイートをつけ加えさせていただきました。さらに「序に代えて」と「あとがきに代えて」というかたちで、私の歩みの跡や現在の立ち位置、また今の福音派への思いを少し長めに書きました。

 目次で示せば次のようになります。

序に代えて——私の立ち位置

第Ⅰ部 福音の再考——余市豊丘の生活共同体で
 はじめに
 1 「召団の福音」への共感とアーメン
 2 「召団の福音」から「福音派の福音」への問いかけ
 3 「召団の福音」の神学的パラダイムについての私論
 おわりに
 註

第Ⅱ部 神の秘められた計画——パウロの「平和の福音」
 はじめに
 序 論 「エフェソの信徒への手紙」と「パウロの福音」
 1 「神の秘められた計画」とは何か(エフェソ一・三〜一四、三・一〜一三)
 2 キリストはわたしたちの平和(エフェソ二・一四〜二二)
 3 「使徒言行録」と神の国の進展
 おわりに
 註

第Ⅲ部 旅の空の下で——どこかに泉が湧くように

 1 新たな旅立ち——北の大地へ(二0一一年三月)
 2 寄留の地にて——北の大地で(二0一五年四月)
 3 地にては旅人——新たな召し出し(二0一六年一月)

あとがきに代えて——神の国へ

 
 ブックレットの大きさの120頁ほどの小さな本です。北の大地の山間の生活共同体にいて、コモンセンスを喪っている者が心の赴くままに書いた文章が基本になっています。私の歩み方や生活と切り離すことができない思索なので、札幌キリスト召団、惠泉塾、水谷幹夫先生の名前を背後に隠すことはできませんでした。神学的には「雑切り、生煮え、小鉢大盛り」といった感じで、自分にとっての「途上における省察と証言」が、どれだけ読者の皆さんにとっても意味あるものとなっているかは分かりません。ただ私としては『終末を生きる神の民』の続編として、今の自分のすべてを注ぎ出した思いがあります。内容とは別に表表紙と裏表紙に竹内凪沙さん(東京藝大学生)の作品、「美しい庭」(水彩画)、「ヤギと風」(銅版画)を使わせていただきました。余市豊丘での生活から生まれた作品で、北の大地の懐かしい風光を感じました。

 いのちのことば社のオフィシャルサイトの出版予告には、私の文章を引用した次のような言葉が添えられています(アマゾンのサイトにも商品とともに記載されています)。

 「『福音を証しするためには、教会がキリストの愛に根ざし、この世の価値観に対峙して生きる愛の共同体にされる必要がある。』長年の牧会の後、キリスト教信仰に基づく生活共同体で暮らすなかで、福音を信じること、福音に生きることとはどういうものであるかをあらためて考える。」
 
 関心のある方はお読みいただけると嬉しいです。発行予定日は4月1日になっていますが、それよりも早く店頭に出されるのではないかと思います(定価:1188円)。

岸本みくに著『しあわせな看取り』ー果樹園の丘の訪問看護ステーションからー(いのちのことば社:2017)

 月刊「いのちのことば」誌に連載され(2015/7~2017/1)好評だったエッセイに新たに数編を加えて本になったものです。加えられたのは、著者の職場である「惠泉マリア訪問看護ステーション」の誕生や生活に関するもの、「天国のお父ちゃんへ」という幼少時の著者の心温まることばやお母様の証し、そして最後に付された「自宅で看取るために大切なこと」という文章です。

 著者の岸本みくにさんは、惠泉塾の仲間で敬愛する主にある姉妹です。この本は、副題にあるように余市の惠泉マリア訪問看護ステーションの所長であった時代の体験を綴ったものです。今は——私ども夫婦と一緒の時期に余市から派遣され——千葉県の都賀マリア訪問看護ステーションの所長をしておられ、都賀のオリーブ山教会で共に信仰生活を送っています。コーリー・テン・ブーム著『何という愛』(いのちのことば社)の訳者でもいられます。海外での研鑽を経て、大阪淀川キリスト教病院で日本で最初のホスピスの立ち上げに参画され、15年間勤務された後、主にあって祈り願う看護の道を求めて彷徨なさって、水谷惠信(当時)先生と惠泉塾の働きに出会い、「マリア訪問看護ステーション」を始められました。

 雑誌の連載をお読みになった方はお分かりのように、軽やかで柔らかい文章の中に、著者の篤い信仰と現場の経験や知恵が、励ましや慰め、時には適切な助言として、いっぱいつまっています。彼女のお人柄そのままです。雑誌掲載時は、他の文章の中に埋もれていますから、書いてあることは分かっても、活字を読んでいるようでしたが、こうして余市のレストハウスの写真に美しく装われて本になると、著者自身を、そのふくよかな信仰とさっぱりとした心を手渡されたような温かな思いになります。雑誌で読まれた方も、どうか本を手に取ってみて下さい。同じ文章でも語りかける声から著者の体温や息づかいを感じます。

 今回、新たに「マリア訪問看護ステーション」に関する2編が加えられたことを嬉しく思います。私は常日頃、キリストの教会が「対抗文化的な共同体」(counter-cultural community)として形成されることの大切さを語っています。世の価値観に対峙する人間の交わりという意味です。悪魔はこの世を構造的に支配しています。その支配原理は、お金と欲望、敵意と憎しみです。パウロは悪魔の支配構造を「主権、力」(エペソ6:12等)と呼びました。悪魔は、いわばこの世に砦を築いているのですが、私たちはそこに組み込まれて生きている者でもあるので、個人の善意や力で、お金と欲望の砦、敵意と憎しみの砦に抗することはできません。

 長く「マリア訪問看護センター」の姉妹たちに身近に接していますが、その働きはもちろん営利を生み、収益に支えられているのですが、彼女たちは儲けや報酬を目的としていません。礼拝と祈りを中心にした互いに愛し合う共同生活をしながら、神様の愛を生きようとしています。彼女たちは献身者です。私が「対抗文化的」というのは、そういう実生活に根づいた献身的な交わりのあり方です。世の価値観に対峙する人間の交わりということを、どれだけ理念や観念で考え説教をしても、クリスチャンの交わりが神の愛を構造的/生活的に形成しないと、悪魔の支配構造に呑み込まれてしまいます。その意味で「マリア訪問看護センター」は、それ自体は教会ではありませんが、教会から切り離すことのできない働きとして、共同生活に基盤を置いた身体的な「対抗文化的な共同体」であり、愛の沙漠が広がるこの時代における神の愛の砦なのです。

 著者の岸本みくにさんは、現役ですからきょうも看護の仕事であちこちを飛び回っておられますが、私の願いは、この本の出版をきっかけに、教会が著者を招いて、「しあわせな看取り」について、直接そのお話を聴いて下さることです。その必要は大きいと想うのですが、私の勝手な願いですから、多用な著者が要望に応えられるかどうかは分かりません。

 *本の奥付に「2017年3月10日発行」とあります。私は店頭発売に先立って読ませていただきました。

証 言「疲れ果てたときに支えになったこと」(2017.2.5. オリーブ山教会主日礼拝式)

 きょうは「疲れ果てたときに支えになったこと」ということで、主なる神様の証言をさせていただきます。
 
 私が神学校を卒業して、牧師として最初に赴任したのは、神奈川県相模原市の教会でした。開拓伝道から数年経った教会員30名弱の小さな単立教会です。着任後すぐに教会が借りていた建物を立ち退かなければならないことになり、急に土地購入と会堂建設の課題が持ち上がりました。教会は大きく揺さぶられました。それまで隠されていた問題も表面化して、群れは2つに別れ対立しました。私は当時20代後半、頼りなく右往左往するだけでした。それでも事を進めなければなりません。役所の手続きや宗教法人の設立もほぼひとりでしました。
 
 ほとほと疲れ果てたある日、人から見知らぬ人を病院に見舞ってくれないかと頼まれました。厚木市の山間にある老人ホームに併設された病院でした。小田急線から田舎道をバスに揺られて、足をひきずるようにして病院に向かいました。教えられたように5階でエレベーターを降りると、ナースセンターの上の壁に左右の病棟に分けて、入院患者の名前が書かれていました。目当ての婦人の名前を見つけて、病室に行き初対面の挨拶をしました。「ああ、牧師先生。来て下さったのですね。私の教会の先生がアメリカに行って、もう誰も来てくれないと思っていました。先生はちゃんと話していてくれていたんですねえ。」——どうも聞いている話とは違います。話しているうちにまったく別人だと分かりました。それでも聖書や信仰の話をして、共に祈り、恵みの時を過ごしました。満たされた心でその方の病室を出て、ナースセンターのある場所に戻り、反対側の病棟の名前を見ると同姓同名の婦人がおられました。その人でした。ゴカイだったのです。些細なことですが、神様の聖なるユーモアを感じました。その帰り、バス停までの道を私はスキップするように、足どり軽く歩いていました。「おまえでも牧師をしていていいのだよ。わたしはおまえを用いるよ」と神様に言っていただいたように思えたのです。私にはそれだけで十分でした。
 
 生きていることには、小さな心が辛く苦しいことでいっぱいになるときがあります。いや、楽しいことばかりの日なんてあるはずがありません。外側の現実には、あれこれ辛く苦しいことがある日々の方が多いかもしれません。しかし、小さなプレゼントのような恵みの出来事で、私はスキップすることができました。それはいつでも主の真実であったように思えます。
 
 それから新しい場所に土地を購入し、会堂が建ちました。教会員の対立は癒されるどころか、ますます深くなっていました。献堂式の日、すべてを終えて、私は無意識に講壇の横にへたり込んでしまいました。すると、ひとりの姉妹が私にそっと熱いお茶を手渡して、何かを言うのでもなく去って行かれました。私はその一幅のお茶に込められた心を今でも忘れません。あのささやかな場面と、今は天国におられるその方のひそやかなお心のことを想うと心がしっとりと温かくなります。

 黙示録のラオデキアの教会への手紙で、天のキリストが「熱いか冷たいかであってほしい」と言われているのは、おそらくそのことです。「信仰は熱くなければ、いっそのこと冷たいほうがまだましだ」ということではなく、ラオデキアの近くのヒエラポリスの熱い温泉のお湯のように旅人の疲れを癒す愛、近くのコロサイのよく知られた冷たい水のように疲れや渇きを癒す愛、そういう沢山の一杯の熱いお湯や冷たい水のような愛をいただいて、私は生かされて来ました。私自身もそういうさりげない、ささやかな愛を差し上げられれば、どんな素晴らしいメッセージをすることよりも幸せです。
 
 相模原の教会では12年間奉仕しました。3年目に結婚しました。11年目に辞めるつもりでした。私自身も家内も限界を感じていました。しかし、後任者への引き継ぎの関係もあり、12年目も牧師として留まることになりました。その最後の1年で神様は私を砕かれました。もし11年目で辞めていれば、私は、口には出さなくとも、あの人がこうだ、この人がこうだった、という苦い思いをいつまでもひきずり続けたと想います。しかし、おまけのような最後の1年で、神様は徹底的に私の義を砕かれました。自分には何もいいところはなかった。たとえではなく、文字通りただ7度を70倍するほど赦されて牧師であることができた、と思いました。そして、その年に、神様は多くの和解を与えて下さいました。人間の力が奪われて和解ができるのですね。人間が和解するとき、人間の側には勝者はいません。ただ神様の恵みだけが勝利します。

 「ヒュポモネー」という新約聖書の言葉がありますね。「忍耐」と訳されます。「ヒュポ」は「〜の下に」、英語で言えばアンダーです。「モネー」は「メノー/メネイン」(留まる/住む)ということ、ですから「ヒュポモネー」は原義的には「〜の下に留まる」ということです。ただ「じっとがまんする」というのではなく、「忍んで待つ」と書いて、「忍待」と読んだらどうでしょうか。私にとっては、自分で望んだのではない、仕方なく留まった最後の1年に、それまでの11年間の時の実りがありました。
 
 相模原の教会を辞して、ある日、何気なしに立ち寄った古本屋の書棚に、ジャン・バニエという人の『共同体ーゆるしと祭りの場』という本がありました。ためらいながら、取り出して表紙を開いて、カバーの袖の言葉を読んで、私は驚きました。じっとそこに書かれてあることを見つめていました。

 「共同体が共同体として深まれば深まるほど、そのメンバーは、もろさと感じやすさをもつようになる。わたしたちはその反対に、メンバーが互いに深く信頼し合っている時、彼らがますます力強くなっていくだろうと考えがちである。それは事実であるが、このもろさと感じやすさは妨げにならない。それは新しい恵みの根本にあり、時に互いを与え合うようにする。愛するとは、弱く、傷つきやすくなることである。」(伊従信子訳)
 
 当時、いろいろなことで傷んで、燃え尽きるようになっていた私は、そんな自分でも、少しは人を愛したのかもしれない、と思いました。その歩みは今につながっています。
 
 私は今月、68歳になります。オードリー・ヘップバーンという女優が、歳をとって語った言葉に感動します。「確かに私の顔にしわも増えました。ただ、それは私が多くの愛を知ったということなのです。だから私は今の顔の方が好きです。」
 
 確かに、私の頭に髪も減りました。それでも私は今の自分が一番好きです。神様の恵みが刻まれた、何者でもない、ただの人である自分がいちばん好きです。私はお調子者で、ヤコブのようにずるい人間です。しかし、心貧しい者にされ、愛せない者が愛する者へと変えられつつあります。聖霊の御業です。神様の恵みによって、私は今の私になりました。
 それでは、ご一緒に聖歌521番「キリストにはかえられません」を賛美しましょう。

チャールズ・リングマ著/深谷有基訳『風をとらえ、沖へ出よ』ー教会変革のプロセスー(あめんどう:2017年)

 件名の「あめんどう」の新刊を読みました。関心や問題意識においてというよりも、自分史において、また教会史において、あるいは主の前での心や魂の傾きにおいて、想起すること、思うことが似ているので、感慨深いものがありました。

 この本の原書 Catch the Wind については思い出があります。東京の教会に赴任して間もない頃に——1990年代の半ばだったと思いますが——数名の若者を連れてフィリピンに行った際、マニラの書店でこの本を買いました。オーストラリアのアルバトロス版ではなく、フィリピンのOMF版です。気になって、何度も外出の際にカバンに入れては読みかじりましたが、難しく読み切れなかった記憶があります。ただ著者のチャールズ・リングマ(Charles Ringma)の名は心に残りました。その後、マニラの神学校やヴァンクーヴァーのリージェントカレッジで直接リングマの教えを受けた人々と会って、印象を聞く機会もありました。

 リングマが同時代を生きるキリスト者の言葉を選んで、そこに彼自身の短い対話的な文章を添えた1年のディヴォーショナル日課のような本があります。ヘンリ・ナウエン、マザー・テレサ、マーチン・ルーサー・キング、トマス・マートン、ディートリッヒ・ボンヘッファー、ドロシー・デイ、ジャック・エリュールなどがそれぞれに1冊になっています。同じようなディヴォーショナル日課の体裁で、初期キリスト教や宗教改革のキリスト者と対話した本もあります。魂の親近性を感じて、その中の何冊かは余市で個人的ディヴォーションに用いました。

 『風をとらえ、沖へ出よ』は、分野的には教会論の本ですが、著者は、聖書釈義や神学的分析による理念の言葉を書き連ねているのでも、成功のための実践的な方法論や特定のモデルを提示しているのでもありません。神学や社会学に加えて学際的な学問に関する著者の素養は各頁に十分に反映されていますが、それらが前面に出ることはなく、むしろ強く感じるのは——帯に引用されたジェームズ・フーストンの言葉にあるように——著者の「聖徒の交わり」への愛です。邦訳の副題にあるように、著者は「教会変革のプロセス」に一般信徒が参加することをひたすらに強く促します。著者は今ここに吹く風をとらえ、主の聖徒たちがその風から命の力を受けて沖に乗り出すために、歴史的に相対化できることを可能な限り変革へと促しますが、その変革の眼差しは外面的なことというよりもむしろ、教会がここだけは変えられない、と固執するような事柄に向けられます。それは、著者が本当に大切な教会の命を見つめているからであり、大切にすべき伝統ということの本当の意味をも知っているからです。

 このような説明の言葉を重ねることが恥ずかしいほどに、著者は、「聖徒の交わり」への愛において、読者が戸惑うほどに率直であり、オープンであり、何の衒いもありません。著者の人となりと信仰の心は、巻頭の「日本の読者のみなさんへ」という小文からも十分にうかがえます。著者の立ち位置は、制度的教会と生活共同体の間(あわい)にあるようですが、それは理論的な認識ではなく、著者の生きて来た歩みの跡であり、今生きていること、そして教会という信仰共同体の将来に向かう旅の途上にあります。この本の魅力や味わいは言葉の内側にある著者の生き方にあります。

 訳者は自分が置かれている文脈において、「20年以上も前に、しかも西洋の教会を念頭に書かれた本をいま邦訳し、出版までする意味があるのか」と批判的に問いながら翻訳したと「あとがき」で述べ、その判断は「みなさんにお委ねします」と書いておられます。私の判断では——ある意味でどのような教会論や教会運営論の本にまさって——邦訳出版の意味は大きいと思います。それはこの本を貫いている「聖徒の交わり」への愛と宣教への情熱こそが、いつの時代にも最も新しいものであり、最も実践的なものであり、しかも著者は、教会の歴史(神の歴史)の中に身を置いて、いつの時代にも最も新しい仕方でそれを具体的に語っているからです。巻末には各章ごとの「ディスカッションのための問い」がついていますが、この本は私たちを話し合いに招き出します。それを教会談話に終わらせず、風をとらえ、沖に出ることが私たちに与えられた信仰の課題です。

 北の大地では3月には深い雪の中で果樹の剪定が始まります。剪定の目的は、木々に陽光をあて、丘をわたる風を通すことです。それによって、時が来れば、冬の間眠っていた命が覚醒し、やがて木々は芽をふき、花を咲かせ、実をつけます。不要な枝を切り落とすためには、よく個々の木々の生きて来た姿や個性を見なければなりません。今は細く小さくはあっても、その枝の数年後のかたちを想わなければなりません。本書を読みながら、私はそんな剪定作業のことを思いました。ただ果樹は風を受けても、動き出すことはないのですが。私たちに大切なのは、「聖徒の交わり」への愛と宣教への情熱に促されて動き出すことです。
 
 原文では、私には風を追うようなものだった本を、とても読みやすく訳して下さったことを訳者に感謝します。風を感じる美しい装丁を嬉しく思いました。私は今、小さな本を書いていますが、器も学識も違ってはいても、間(あわい)を吹く同じ風をこの本に感じ、命の懐かしさを感じました。リングマの言葉を読むと、いつも何か同時代を感じます。
プロフィール

Author:百姓とんちゃん
牧師生活を経て、北の大地の信仰共同体で農耕生活の見習いをして後、千葉県で四街道惠泉塾を営んでいます。

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