「ひと雨欲しいですねぇ」:畑で想う「聖書信仰」

 昔、『百万人の福音』だったか、『信徒の友』だったか、農村部で伝道する老練の牧師が、ぶらり外を歩きながら、畑仕事をするお百姓さんに挨拶する際、「こんにちは」などとは言わないで、「ひと雨欲しいのぉ」と語りかけるのだとあって、自分は遠く及ばない円熟の境地のようなものを感じたものでした。
 
 北海道余市で5年程、お百姓さんの真似事をして、四街道に来てこの4月から140平方メートルほどの畑を借りて農作業をするようになりました。当初は塾生の生活リズムのためにと思ってのことでしたが、今一緒に暮らしているS君は税理士になるための勉強やマリア訪問看護ステーションでの職業訓練で畑には出られません。そこで実戦力はほぼ私ひとりです。私自身もここに来た当初よりもあれこれすることが多くなっていますから、畑仕事はなかなかままなりませんが、時間を見つけては今も「百姓とんちゃん」をやっています。
 
 自分でしてみて気づくことは、余市ではほぼリーダーの指示に従っていただけだったので、なにを、いつ、どのように、ということについては、ほとんど身についていないということです。農機具も塾備えつけのものでしたから決められた手入れ以上に大事にすることはなく、種や苗や土壌について心を遣うこともなければ、雨については作業があるかないかに関わるだけで、なかなか農作物のために「雨が欲しい」という思いにはなりませんでした。それが今は、農機具を備えるための初期投資を知り、種や苗や肥料のことをあれこれ考え、水を満たした重いポリタンクを畑に運び、ジョウロで水やりをしながら、ごく自然に「ひと雨欲しいですねぇ」と畑仲間に挨拶をしています。それは私が人間的に老練の域に達したからではなく、自分で農作業をしていれば、趣味とも言えない程度の戯れ事であっても当たり前の願いであり、水やりに疲れた身体が自然に発する言葉でもあるのです。
 
 当たり前と言えば、(いつかも書きましたが)「美しい花がある。花の美しさというものはない」という小林秀雄の有名な言葉があります。名言といわれますから私が無知で愚かなだけかもしれませんが、それは当たり前のことのように私には思えます。余市豊丘の夕暮れに咲く花は、風に揺られながら、言葉を語っていました。その花はやがて枯れ、翌年も同じ所に咲きますが、それは同じ花ではありません。ですから、夕暮れ時のその「美しい花」との出会いはかけがえのないものです。
 
 神学生時代、私は聖書の言葉について教えを受けました。聖書が誤りのない神の言葉であることについて。誤りのない神の言葉である聖書の御言葉を、どのようにできる限り誤りなく釈義するかについて。できる限り誤りなく釈義した聖書の御言葉を、どのようにできる限り誤りなく現代に適用して語るかについて。そのための機具や材料や作法を教えていただいたことを、お世話になった先生方を思い出しながら、私は本当に感謝しています。
 
 そして今私は、神学校に他ならぬ聖書釈義のために「畑が欲しいのぉ」と思っています。今朝のデボーションで「大地は作物を実らせました」(詩67:7)という御言葉が語りかけて来ました。今私は、初めて自分が手がけた小さな畑が作物を実らせることを、そのために私が植えた種や苗が「美しい花」を咲かせることを、期待と不安の中で待ち望んでいます。「大地は作物を実らせました」という言葉が発する息吹は——それは詩人が生きた歴史と生活のすべての気息を含んでいますが——ただの言葉の釈義(花の美しさ)からでは受けとめられず、人を活かす命としては伝えられません。「聖書信仰」はその聖霊の息吹きの中にあります。

 きょうは、家庭集会を終えてから、畝をつくりサツマイモの苗を植えるために畑に行きました。早めの夕食後、ジャガイモの芽かき(実を大きくするために数本出ている苗を1本にする作業)をして、嬉しい雨の予報があったので、薄暗くなるまで1本1本の根元に肥料の「なるなる菌」を蒔きました。今恵みの雨が降り出しました。

  「天は雨を滴らせた・・・神よ、あなたは豊かに雨を賜り」(詩67:9,10)
 
 
 
 
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朝デボノート:生活の中での「聖書信仰」

 日曜日の朝は、いつものように水谷先生の詩編のメッセージをCDで聴くのではなく、聖書の1章を読んで分かち合いをします。きょうは四街道惠泉塾の3人家族に、さらに3人の客人を交えての朝デボでした。
 
 いつかも書きましたが、御言葉から教えられたことや示されたことを分かち合いながら、互いの言葉に耳を傾ける交わりは実に豊かな時です。聖書が研究の対象というよりも、何よりも教会という聖徒の交わりに与えられた書物であることを実感します。大切なことは、生活の交わりの中で聖霊が教えてくれるのです。そういう聖書の読み方が実はあまりに少ないのではないでしょうか。
 
 きょうも、第2ペテロ3章を黙想しながら、それぞれが語る言葉に耳を傾け、私はいつものように教える人として知識や知恵のコメントを加えていました。ひとりの兄弟が、自分の思いを語りながら、聖霊に導かれるようにして、エゼキエル書18章の御言葉を読みました。
 
 「悪人であっても、もし犯したすべての過ちから離れて、わたしの掟をことごとく守り、正義と恵みの業を行うなら、必ず生きる。死ぬことはない。彼の行ったすべての背きは思い起こされることなく、行った正義のゆえに生きる。わたしは悪人の死を喜ぶだろうか、と主なる神は言われる。彼がその道から立ち帰ることによって、生きることを喜ばないだろうか。
 ・・・それゆえ、イスラエルの家よ。わたしはお前たちひとりひとりをその道に従って裁く、と主なる神は言われる。悔い改めて、お前たちのすべての背きから立ち帰れ。罪がお前たちをつまずかせないようにせよ。お前たちが犯したあらゆる背きを投げ捨てて、新しい心と新しい霊を造り出せ。イスラエルの家よ、どうしてお前たちは死んでよいだろうか。わたしはだれの死をも喜ばない。お前たちは立ち帰って、生きよ」と主なる神は言われる(21〜23節,30〜32節)
 
 心にしみ入るような静かな空気に包まれました。知ったかぶりのような私のコメントが貧しく、恥ずかしく感じられます。 今ここでみこころを知るのに何の説明も必要ありません。神の命の言葉が魂に直に語りかけます。
 
 カール・バルトがどこかで、「私の書いた多くのことは、聖書の中の『神は愛なり』というひとつの言葉にも及ばない」というようなことを書いていました。そのバルトの言葉に込められたコトを、この身で「アーメン」として受けとめて生きること、それが私にとって生活の中での「聖書信仰」です。
 

「一キリスト者のメッセージ」の連載を読んで

 「ミーちゃんはーちゃん」こと川向肇さんが、ブログ「一キリスト者のメッセージ」で、6回にわたり拙書『神の秘められた計画』福音の再考ー途上での省察と証言 を取り上げて、お心のこもった感想を綴って下さいました。多くの読者の方々が楽しみにしているN.Tライトの本の連載を中断してのことで、もったいないような思いをいただきました。心から感謝します。
 
 「ミーちゃんはーちゃん」は、私が書いたものを主題のように提示して、豊かな見識によって、それを思いがけない観点からのながめに変えて、ご自身の変奏をかなでて下さいました。読みながら、自分が書いたことはこういうことでもあったのか、こういうふうにもながめられるのか、と思うことしきりでした。「ミーちゃんはーちゃん」の変奏は、ただ楽理に沿ったことではなく、理知の言葉によりながら、「思ってしまった」「感じてしまった」というふうに、主題に込められた著者の思いに寄り添って下さるようでした。
 
 最初に拙書の性格について書かれた「キリスト教日本型福音派にとっての自省録」という言葉は、実にその通りだと思いました。以前も書いたことですが、拙書に意味があるとすれば、それが戦後日本のある時代を生き、今もその道の途上を歩んでいるひとりの福音派キリスト者の証しであるということで、その意味ではコトは歩みに関わっているので、理念的な対論には馴染まない性質のものです。私は福音派の同労者や信徒の方々を意識して書きましたが、そのひとりの福音派キリスト者の証しの言葉を読んで下さる方々にとって、私の書いたことが意味があるものか、共感や対話を促すようなものか、それとも私のひとり旅を綴ったようなものなのか(私小説風の四畳半一間の神学か)、(あればの話ですが)これからの反応に不安と期待をもっています。「早すぎる遺言」というご感想もーー最初に読んだときには少し驚きましたがーー(その遺言にどれだけ私個人にとっての意味以上のものがあるかどうかは別として)確かにそういうものかもしれないと思いました。途上はいつもいのちの始まりであり終わりでもあることをいよいよ感じるようになりました。
 
 拙書で私はでき得る限り、自分のこれまでの歩みと今の立ち位置を明確にしようとしました。私に書けるのは、理屈の装いをしている場合でも「証し」でしかないので、「私」と自分が今生活をしている信仰共同体を離れてはあり得ません。私にはそういう縁取りや語り口でしか書けませんでした。私にキリスト者としての今の「歩み」(どんなに貧しくあってもそれが私にとって神学です)を書くように無言のうちに促してくれたのは、私が今生活している信仰共同体であり、とりわけその霊的指導者に向き合って生きる今の日々です。私は、信仰書にはもちろん、客観的な叙述が求められる神学書にも、書斎や教壇の生活だけでなく、著者の属している信仰共同体を見たいと思います。また著者自身が教会で民とともに主を賛美している姿を感じたいのです。
 
 「ミーちゃんはーちゃん」にはまだお会いしたことはありません。独りよがりな言い方で恐縮ですが、主にある友情を込めた寛容な感想の文章を綴って下さったことを感じて、主にあって感謝しています。アガペーは愛の極みですが、人生でフィリア(友情)をいただけることは恩寵です。アガペーは自分の意志で一方的な方向でも働きますが(むしろ敵への愛でこそ際立ちますが)、フィリアは自分の意志では造られません。それは贈り物で、明日を生きるための力です。本当に有り難うございました。

「キリスト教生活共同体の歴史」(『波止場便り』連載)を書きながら思うこと

 惠泉塾の機関誌『波止場便り』(年間3回発行)に連載している「キリスト教生活共同体の歴史」のために、「フッター派」(ハッタライト)の執筆を終えたところです。毎年6月初めには余市で全国から仲間が集まる聖会があり(参加者は250人を超します)、ここしばらく聖書講話者のひとりに指名されていますので、日常の務めや他の原稿執筆、そして畑仕事も加わる中で、この時節は集中力を高める必要があります。
 
 「キリスト教生活共同体の歴史」は、「聖書篇」から始めて次号で15回目になり、「実践編」(歴史篇)は9回目です。これまで取り上げた「実践編」は次の通りです(括弧内は『波止場便り』の号数)。
 
 「初期キリスト教会」ー愛に生きる教会共同体ー(No.28)
 「初期キリスト教会(2)」ー聖餐と愛餐に生きる教会共同体ー(No.29)
 「修道院の起源」ー祈りと労働のリズムの回復ー(No.30)
 「修道院の確立」ーベネディクト修道院ー(No.31)
 「フランシスコとフランシスコ会(小さき兄弟会)」(No.32)
 「ヴァルド派(リヨンの貧者)」ー正統と異端の間ー(No.33)
 「ベギン運動」ー世俗社会と修道院の間に生きる女性たちー(No.34)
 「共同生活兄弟会」ー「ディヴォツィオ・モデルナ(新しき信心)」(No.35)
 「フッター派」(ハッタライト)ー500年の歴史を生きる財産共同体ー(〈刊行予定〉  No.36)

 新約聖書の最初期キリスト教会に続く、沙漠の師父・師母の時代からの生活共同体の歴史は、一貫して次のことを証ししているように思います。ある時代に正統と呼ばれる教会組織が、世の権力と結びついて堕落し、世俗的な利得や価値観に染め上げられるとき、神は時代の荒野に神の人を呼び起こし、最初期キリスト教会の生き方に倣い、徹底してご自身に従おうとする生活共同体を生み出されるということです。ルターやカルヴァンという偉大な改革者の名に結びつくプロテスタントの主流は、結局は世俗権力と結びついた国教会を形成しますのでーーその意味ではコンスタンティヌス後の体制を継承しますからーーそこからはこの世に対峙して生きる生活共同体は生まれませんでした。宗教改革以降、最初期キリスト教会から流れ出る生活共同体の霊的地下水は、同時代人からは、「熱狂主義者」「反乱者」「異端」とされ、歴史家たちが「宗教改革急進派(左派)」(ルターもまたその時代の急進派だったのですが)と呼ぶ再洗礼派に流れます。そして、その今日の国教会に対する自由教会に結びつく流れが、信仰の自由、思想・信条の自由、結社の自由、政教分離等々、西欧近代の契約社会の成立に寄与した歴史と文化を形成する生き方でした。
 
 惠泉塾という生活共同体は、イエスの十字架はただ罪の赦しにとどまるものではなく、それは罪を赦された者が聖霊の力によって「キリストにあって、異なる者が互いに愛し合ってひとつになる」という父のみこころに生きるためであるという福音信仰を掲げて歩んでいます。生活共同体は、その信仰の体現ですが、互いに愛し合うという福音の信仰を宣べ伝えるためのハードな施設を含めた献身者が形づくる構造でもあります(十字架は信仰のゴールではなく、常に始まりです。イエスの十字架の意味に関するN.Tライトの新刊、The Day the Revolution Began 『革命が始まった日』はそのことを示唆します)。
 
 いつかも書きましたが「マリア訪問看護ステーション」という私たちの仲間のクリスチャンナースの働きが日本各地に展開しています。その中心的なメンバーは共同生活をして、日々共に朝のデボーションで御言葉に聴き、祈り、食事を共にしています。祈りを込めた姉妹たちの献身的な働きは利用者に喜ばれ(神様の名を出す伝道はしません)、収益も上がっていますが、彼女たちはコミュニティで共に生きる生活で十分に満たされていて、自分たちの給料が上がることを求めません。むしろ、自分たちの収入をけずってでも、その収益を困っている他の仲間の働きの必要のために喜んで与えようとします。その仲間もまた生活共同体で共に祈り暮らすメンバーです。「マリア訪問看護ステーション」のコアメンバーは(家庭をもつクリスチャンの女性やノンクリスチャンも働いています)、そういう主への献身者です。これは生活共同体という愛するための身体的な構造が現実にあればこそ可能なことで、中世末期のベギン運動の女性たちもそういう共同生活と徹底した献身をもって社会に生きたのでした。
 
 2月にあった「惠泉塾友の会」の全国大会の主題は、「わが家に愛の砦を築く」でした。この主題は、この世の君は、この社会に欲望と敵意の砦を構造的に築いていることを霊的に見据えたものです。パウロは、その構造を「暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊」による「支配と権威」と呼びました(エフェソ6:12)。私たちは、この世に生きる限りは、どうしてもこの「支配と権威」の構造に手足を、そして心をも絡み取られて生きざるを得ません。そのような社会に対峙して、愛を実践して生きようとするば、「マリア訪問看護ステーション」の姉妹たちのような献身の生活と、それを支える生活共同体という施設と構造が必要になります。身近に言えば、それはわが家(心)に主のゲストルームを設けて、他者を迎え入れるということでもあります。その「わが家」は地域や日本と置き換えることもできます。
 
 現代は砂粒のようにバラバラの無数のエゴの沙漠になりました。「われここに立つ」というルターの信仰宣言は、ある時代、プロテスタント教会の生命力でした。しかし、今、プロテスタント教会は、無数の党派心や自己保存の「個々に立つわれ」の乱立です。近代的な個の意識の徹底とも言える無教会などはなおさらで、(個々人の役割は別として)信仰の群れとしてはすでにその歴史的役割を終えているように私には思えます。この愛の沙漠で、時代は異なる者が互いに愛し合う共同体に渇いています。謳い文句ではない、ひとり書斎で考え、聖書や神学の理念を語り、議論するのではない、観念ではない。文字通り身体を持って実在する、生活する共同体です。
 
 多くの教会が路頭に迷っている感があるこの時代、私は2つの可能性を思っています。ひとつは、主のからだの普遍性に渇いた多くの福音派キリスト者がその道を歩んでいるようにーー福音派が教会史が15世紀から始まったように考えている中でーー世界的な共同体性をその歴史と命(その信仰と精神の伝統を表現するリタジー)に宿している聖公会、ローマカトリック、東方教会から最初期キリスト教会の霊的地下水につながろうとすることです。私がその道を辿ることは現実的にはあり得なかったでしょうが、観念的にはその泉から飲みましたし、今も飲んでいます。
 
 ただ、今、主に導かれて惠泉塾にあって、私は神の国の前進のために無教会的伝統がなお果たすべき役割があることを信じています。愛の沙漠、敵意の荒野が広がるこの時代に、世の隔ての壁を越えて愛し合う最初期教会のあり方に帰る道、この時代の対抗文化を形成する生活共同体の道です。この時代を吹く聖霊の風をとらえ、自分や自分たちを変革しながら沖に出る道です。ただそれは狭い道です。

川向 肇さん(ミーちゃんはーちゃん様)への感謝

 「ミーちゃんはーちゃん」の名で「一キリスト者からのメッセージ」という見識に富んだブログを開いておられる川向肇さんが、拙書『神の秘められた計画』福音の再考 途上での省察と証言 を取り上げて下さり、ご自身の見解を絡めた詳しい感想を綴って下さいました。今後、何度か続くようで嬉しく、有り難いことだと思っています。発行1ヶ月を経て、何通かの私信を除けば、拙書への初めての公のレスポンスです。
 
 川向さんにはお会いしたことはありません。実は「ミーちゃんはーちゃん」のご本名もどこかで見たような気がして、改めて調べさせていただいたような次第です。ただ、拙書『終末を生きる神の民』をポジティブに評価して下さって以来、感謝をもって心に留めさせていただいています。信仰の歩みの中で、読書を通して心に抱いている名に共に知る人々が少なくないことにも喜びや親しさを感じます(ご専門の知識はもちろん、その確かな教養の広さや深さにはとても及びませんが)。川向さんが所属されていた集会を出て(出されて?)、東方教会に心惹かれながら今は聖公会の礼拝に寄留しておられることも、私なりに理解できるように思います。私自身はそれとはまったく正反対とも言える系譜の主の群れにありますが、川向さんと私の足取りは、実はそれほど遠いものではなく、最初期キリスト教につながる同じ方向を目指しているとも思えるのです。川向さんのブログはいつも読んでいますし、その遊び心や諧謔も楽しんでいます。
 
 今回、拙書の読後感として、「印象深かった」と書いて下さったことは、私には恵み深い言葉でした。拙書は120頁ほどの薄い本で、神学的には「雑切り、生煮え、小鉢大盛り」といったようなものです。ただそれ以上のものが書けるわけでもなく、そこに今の私の心血を注ぎ込みました。そのような小さな本に意味があるとすれば(価値とは言い難いものがあります)、それが福音派キリスト者として戦後日本のひとつの時代を生きた、今に続く私のたどたどしい歩みの様、証言だということです(性格の難しい本で、「早すぎる遺言」には驚きましたが、確かに「自省録」と言えるかもしれません)。そのような本について「印象深かった」と書いて下さるなら、私にはどのような理念的議論の言葉よりも嬉しいことです。
 
 そして、そのような私の歩みについて、「後藤先生にとっては、そうしかならなかったし、それでよかったんだ、と、今は思っている」と書いて下さったことを、有り難く噛み締めました。
 
 私の本自体には、何度か取り上げて下さるほどの内容はないかもしれませんが、私が書いたことをきっかけにして川向さんの見識に触れることができ、対話的に自分の歩みを見つめることができるのはとても楽しみです。ブログ記事によって感謝を申し上げます。
 
プロフィール

百姓とんちゃん

Author:百姓とんちゃん
牧師生活を経て、北の大地の信仰共同体で農耕生活の見習いをして後、千葉県で四街道惠泉塾を営んでいます。

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